春麗らかな日曜にサイクリングしてプラネタリウムへ。 計画停電の影響で中止の場合はご了承差し上げねばなりませんでしたが、運良く計画停電は今後も行われないということで。 しかし府中には「森」がいたるところにあるのですね。 なんにも確認せずに出かけたものですから、あたくし、はじめに府中の森へ行ってしまいました。 そこの受付で「プラネタリウムはどこでしょうか」と尋ねたところ「逆です」と。 「この公園の反対側ですか。」→「いえ、全く逆です。」 おじさん、逆ってなにを起点に逆と宣っておられる???地図見せろや。。。 (普通に)気の利く隣のお姉さんが地図をくれました。 つまり、府中駅を起点に真逆。何と是政駅の向こうの「郷土の森」ではないですか。 「府中の森」と「郷土の森」、まったく別物なんですね。 ダッシュでチャリ漕ぎ郷土の森へ。 ON TIMEでした。 「もう時間で締め切ってしまいました」という若い受付のお兄さんにベテラン受付が待ったをかけ、無線連絡してくれてなんとか入ることができました。 春の星座。私、プラネタリウム来る度に春な気がする。。。 北斗七星と北極星と春の大曲線と春の大三角は知ってる。。。いつもそれじゃ。 次はぜひとも違う季節に来ようっと。 その後HAYABUSA 星座のお話よりこちらがメインのようでした。ディレクターズカットとかいうけど充分長編。 途中で意識失いかけた わたくし、世間知らずで、わたくしが丁度Victoria州にいた時にHAYABUSAが持ち帰ったイトカワの砂がVictoria州のどっかの砂漠に落っこちてたみたいですね。 しかしこの作品、子供向けなのは分かるけど、まるでHAYABUSAはWALLーEかなんかみたいに描かれてて、超感動もの(だから私は笑いを堪えるのに必死でした)。そしてまるで最後はArmageddon。別に決して馬鹿にしているわけではないよ。ぜひ一度見るに値する!!! たまにはこういう休みもいいな。暖かくなってきたしもっと出掛けて首都圏を元気にしていこう!!!?
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全天周映像『HAYABUSA-BACK TO THE EARTH-』 公式サイト http:// hayabus a-movie .jp/ 監督 上坂浩光 ナレーター 篠田三郎 音楽 酒井義久 CG ライブ 企画・制作 「はやぶさ」大型映像制作委員会(財団法人大阪科学振興協会 JAXA 有限会社ライブ 株式会社リブラ)
もともとのフライトがキャンセルになり、1日早い便で帰国いたしました。 コペンハーゲン空港からスウェーデンのアパートまで電車で20分という距離なのに対し、成田から同じ国内の自宅に帰るまでに3時間かかるだなんて、、、疲れました。 明後日から妹の引っ越し手伝いのため実家帰省です。
スウェーデンにいってきます。30日にかえってきます。 なんか地震とかでいろいろ大変なのに「さよなら~」ていうのはなんだかやるせないのですが、かといって定刻に離陸するのにキャンセルするのも馬鹿みたいなのでぐだぐだ言わずにいってきます。
We're going to Sweden and back on the 30th.
It may not a good time for the departure since the big earthquake happened the other day.
But it's foolish to cancel our flight already booked.
So we go now.
See ya!
外大のHPで見つけ、「よし。せっかくだし(?)行ってみるか。日曜だし(?)。」というノリで行ってみたら・・・ とても良かった!!!!ではないですか。まぁ「良かった」「おもしろかった」と言って良いのかどうかはわかりませんが・・・。というのも、 内容は2008年に「国家破綻」してしまい「テロ国家」とまで指定されてしまったアイスランドを扱ったもの。 長年、地道にこつこつ稼いできた「ordinary people」は世界金融危機を発端に一夜にして全ての預金を失ってしまう。外資ローンも突如2倍に膨れ上がった。ストーリーは、この作品の監督であるGunnar Sigurdsson氏がローン額が一気に跳ね上がってしまったため返済できなくなった車を返品しにいくという場面から始まる。 どうしてアイスランドはこんな風になってしまったのか。 とにかく聞ける人から聞けるだけ話を聞いてみましょ~!!! というわけで色々な人にインタビューしていく。そして・・・ お金はどこに消えたんだ?お金の動きを追え~!!! というわけで世界(主にヨーロッパ、アメリカだったけど)を回って専門家や金融界関係者に(ほぼ)突撃インタビュー(的)。でも結局どこにもcashがない。人々がこつこつ貯めてきたお金はどこへ行った???お金の流れって複雑、となんとな~くは思っていたけど本当にわからん。それにぼーっと話聞いてるとどのintervieweeの話もそれなりにごもっともに聞こえてくる。 上映後のトーク、シンポジウムには参加しなかったので詳しい話はわからないけれど、上映中、上映直後の質疑応答タイムで監督が言ったこと。 事態が起こったときに政府は預金者のお金を100%補償すると言った。そして意図人はそれに対してほっとしてしまったが、これは大きな間違いだった。これはつまり結果的には大金持ちを守ることになってしまった。なぜなら預金の約97%は企業や投資家のお金で、一般の人々の預金はたったの3%程度にすぎないから。なのに100%補償ということは、国家のお金で金持ちを救うってことですよね? あ~知れば知るほど腹が立つ実情。そんな作品。なんとなく昨晩見た映画Babelを思い出していた。 何その理不尽さ!!!!結局お前らが助かるんか~い!!!犠牲になった者の愚かさに苛々する。でもそれって誰しもが犯しうる些細な過ち。過ちというより(結果的に、悪い結果を導いてしまった)判断。アイスランド国民は経済が潤っていて自分たちに支障がなかった頃はどんなに専門家が警鐘を鳴らしていても知らんふりだった。にもかかわらず、ひとたび全ての蓄えが消えてしまったことを知ると国家と銀行への信頼は崩れ、やつらは犯罪者だとまで非難する。手のひらをころっと返したが如く。怖いな~。でも自分だって生活がどんどん豊かになっていき、利潤が目に見えて膨らんでいる最中、「危ないよ、こんなの長くは続かないよ。いつか破滅する。」と言われて「あ、そうなんですか。はい、じゃぁ気をつけます。」と素直に言えただろうか。 アイルランドの経済は怪しい・・・そんな声も聞こえますが、全くそんなことはありません。まだまだ成長し続けますよ~、というニュース。そんなニュースが毎日流れる中で金融危機に真剣に備えていた一般市民はどれくらいいたんでしょう。なんかふと、第二次世界大戦終盤に各戦地で不利な状況に陥っているにもかかわらず勝利を信じていた「日本国民」たちについて考えてしまった。情報の乏しさって怖い。 さてはて、何について書いていたかよくわからなくなりましたが、P.S. 引っ越しました。やっと「わが家」みたいなところに住むようになりました。反同棲者であるでっち氏もうちにやって来たのでようやくこれで引っ越し完了てとこでしょうか。
ごちゃごちゃする実家の冷蔵庫の半分は賞味期限切れ。とにかくぎりぎり切れるか切れないかの肉や魚をどう調理しようと苦戦。やっと片付く と思っても賞味期限今日までの精肉や鮮魚(もう新鮮ではないだろうが)が足される。なに考えてるんだろう?ま、こんな疑問が浮かぶ時はたいてい何も考えていないというのが答え。 でも昨日はなんとか上手く使いきれた!(肉の賞味期限は前日だったけど)しかし残念ながら当の本人たちは飲み会でベジタリアンの私じゃ結局どうもできませんでした(笑)残念。
父と娘の共通点〉 「あいつなに考えとんやろか」「あいつだけはほんっとにっ」と娘の怠惰さに日々嘆く父 「お父さんとは一緒にせんといて」洗濯籠も別に置くほど(多分生理的に)父を毛嫌いする娘
今週実家に帰省中ですが、こんな残骸が散在する家 情けなさ通りこし、ネタ。 好きなもん好きなときに好きなだけ飲んで暖房がんがんに効かせた部屋でマグカップ完全放置、ほっといたら誰かが流し台まで持ってってくれて洗ってくれるのが当然でしょう、という態度 と 好きなもん好きなときに好きなだけ買ってきたから床にぽ~ん、今すぐ食べたいものだけ漁ってあとは何も言わんでも誰かが冷蔵庫・棚にしまってくれるでしょう、という態度 そっくりなんですけど。似た者同士なんやないか(笑) なんかこれ、あまりに日常的すぎるらしく一番下の妹は何も文句も言わず働く。気付けば私も「あらら~」とか思って皿洗ってる。しかし暖房の部屋に長く放置されたカップにこびりついたカフェオレはなかなか手強いのよ~ 次またカフェオレ飲むときに同じマグカップ使えてるてことは誰かが洗ってくれてるんやと感謝しないか? 感謝の気持ちが少しでもあったら、ビールどこやったんだという発言はないんやないか? ちなみに弁当も洗濯もゴミだしも、高校生の一番下の妹が作ってて、当然と思ってる(もう進路決まってほとんど登校しなくていいから時間はあるらしいけど)。そういえばここ来て「ありがとう」という言葉を聞いてない。なんか自分の家族なはずやのに腫れ物に触るようにしか接せられん。残念や。
自分は大丈夫と思っていたら… 歯二本、神経抜かないかんそうな。子供の頃から可愛がってもらってる、神経はぎりぎりまで抜かない主義の歯医者さんが言うんだからしゃ~ない。これからは歯を大切にしよう でも問題は信頼できる歯医者を東京でみつけられない。どこかいいとこありますか?
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歌詞(即興の書き起こし) 毎日アボカドを育てる そうしないとPatrrrrrrronに怒られる パトロンは厳しいけど文句は言わない なぜならアボカドは私の命 毎日アボカドを世界に送る 箱に箱に箱に箱に何百個も輸出する 時々は遠い国から手紙が来る 美味しかったよ、ありがとう という 毎日朝早く起きる 朝起きてそして大根を細く切る 大根を切ったあと今度は豆腐きる そしてアボカドをアボカドをアボカドを に集中する 毎朝アボカドは5、6置いてある 今日はどれ食べよかな×3 選ぼうとして全部揉む 柔らかいのがあったらそれを2つに切る 中身をスプーンで大根と豆腐の上に散らす 仕上げは韓国海苔を袋の中でつぶすの それをアボカドの上に散らしたら出来上がり この味は最高だ!!!!!!!!!!!!!! アボカドは~~~~~~~私の命
Hi Yuko, Recently your Dropbox has been feeling kind of lonely. :-( There's a lot more to Dropbox than just cloud storage. Find out what you're missing: やっほぅ、ゆうこちゃーん 最近、ぼくドロップボックスくんはちょっぴり寂しいよぅ。 データ共有だけち”ぁなくってさ、もっとできることいっぱいあるんだよぉ。ほれほれ~。 っと解釈してしまった私の脳は娯楽番組の気色悪い吹き替えなんかと同じ思考回路なんでしょうか。 ちなみに件名はCome back to Dropbox!でした。 かえって、こいよ~ かえって、こいよ~ かえって、こ、い、よ~ってなわけですね
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昨日とあるミスアンダスタンディングが起こりまして、それについて思うことを徒然に書こうかと思います。私、兼好法師です。邪念が多めの。 一昨日某大手家具屋ニ◯リにてカーテンを購入。素敵なモスグリーンのカーテンですよ。。。 とは言ったものの、一旦不安なので「モスグリーン」をググってみると、違いました。。。適切な名称は、、、そうね~「ペールグリーン」でした。とは言ってもどの色でも幅があるから結局は見ないとわかりません。とても無意味な数行を読んでくださってありがとう。 さて、そのため今まで使っていたきっちゃな~いカーテンを洗濯して干しておりました。さてさて、以上が前置き、というか状況説明。 「カーテン入れよっか?」(干しているカーテンを部屋に取り込もうか)と聞かれ 「うん」(はい、お願いします)と答えた私。 ※「」内は実際の発話、()内は意味合い。 ここまでは問題なし。問題はここから 「ふくもいれよか?」という質問。 私は「(他に干してある)服も(部屋の中に)入れよか?」と解釈しまして、 「うん。でもランニング用の服は入れんといて。」と。 ……………つかの間の沈黙。 小さな笑い 「あ、いや、聞いたんはフックも入れよか?てこと。」つっこまれた。 あ、(洗濯前に外したカーテンの)フックも(取り込んだカーテンに)つけ直しましょうか、という質問でしたか。はは~。なるほど。ははは。 これをただの笑い話だけで終わらさないのがぱごん様(すみません、1度このような表現を使用してみたかっただけです。すみません)。 なぜ自分が服とフックを聞き分けられなかったのか、と考え始めました。 まず①促音がちょっと短めだった。ふくとふっくの中間のような。ふっくの「っ」を1拍とすれば半拍分くらいしかなかった(と思う)。 ②アクセント同じ。標準語というか共通語というか東京山の手の言葉で服は尾高型でフックは頭高型。でも私の話す言葉では服もフックも頭高型。つまり私にとって服とフックの区別は拍(=モーラ)だけなんです。 も少しわかりやすく… とりあえずまずは現代人の頼れる友Wikiっちによる説明をどうぞ。 「共通語のアクセントでは、頭高型、中高型、尾高型、平板型の4種類のパターンが存在する。この内、平板型以外のアクセントを起伏型とも呼ぶ。 頭高型(あたまだかがた):最初の音節が高く、それ以降の音節が低い場合。例:「カラス」(\_) 中高型(なかだかがた):最初の音節は低く、次以降の音節が高くなり、単語の終わりまでにまた低くなる場合。例:「タマゴ」(/\) 尾高型(おだかがた):最初の音節は低く、それ以降の音節は高いが、後に続く助詞が低くなる場合。例:「オトコ(が)」(/ ̄(\)) 平板型(へいばんがた):最初の音節が低く、助詞も含めそれ以降の音節が高くなる場合。例:「オトナ(が)」(/ ̄( ̄))」だそうです。 つまりーあのーえーっとー 共通語(仮称)ではふくが(/\)フックが(\_) 私の語(仮称)ではふくが(\_)フックが(\_) 超級簡素的にお話ししました(昨日の講演会の影響ではないと思います、はい)。 例えばもしふくを という感じで語尾を上げるとそれは私にとって吹くです。 音の話を文字で書くことの限界を感じますので、この件はこの辺で。 その後、菊池成孔氏のありがた~いお話を拝聴した後、ぱごん心の友でっちんとこの話をしました。そして別の例として、 私「じゃ、たとえば促音をはっきりさせずに『きくするよ』と言われたら、何だと思う?キックとして処理するんじゃない?」←このときのきくのアクセントは頭高型 友「うんま~ね」(ま、私が無理矢理肯定させたようなもんでしょうけど) 私「私にとってきく(頭高型)と聞いたら真っ先に花の菊が頭に浮かぶんだよね~。だから促音にはっきりポーズ(poseじゃないほうのpauseね)を置いてくれないと違いがわからない。」 その後でっちんは菊は1音節だけどキックは~…という話を始めて、久しく言語学に触れていなかった私は音節やらモーラやらが一体どういったもんだったかわからなくなり話はそれで終わりました。 でもそこで話を終わらせないのが流石ぱごっ…(もう言いません)。 考え続けて今日に至りました。そしてやっぱり菊は2音節だぞ、という気がして再び現代人の頼れる助っ人Wiki左衛門に聞いてみると、菊は多分2音節だろうな、 という私なりの結論に達した上、さらに母音(イ段とウ段)の無声化が見られるってことも思い出させてもらった。母音の無声化って共通語に多く見られるの?というわけで1音節と捉えるか2音節で捉えるかというのもとっても面白い問題、と言うかテーマ、と言うかトピック、と言うか井戸端会議の議題、と言うか、ま、そんな的なものになりうると思った。
テレビのリモコン、なんて呼んでいますか? http:// news.mi xi.jp/v iew_new s.pl?id =149314 5&media _id=116 やっぱり!!!チャンネルちゅ~てえ~んやないかい! まぁ他にもそう呼ぶ人がいるからそう呼んでいいのだ、というロジックはおかしいけどね。
あるウェブサイトによると(まぁwikiなんですけど)、 ゼロとは 「無を表現する数の概念。0で解説する。 無の概念を表すアラビア数字の1つ。 数学で、一般に何も無い状態(数の0)のような性質を持つもの。零元。」 なんだそうです。 そんなのとっくに知ってたよ、うすうす知ってるよ、、、 そうそう、でも今日話したいのは「ゼロ」という概念じゃなくて、「カロリーゼロ」について。こーんな飽食の社会においてだからこそ価値ある概念です、と思う。飲食が娯楽になっているからこその。食べる、飲むという行為の目的は生命維持の為の栄養摂取というよりか、美味を楽しむ過程に重きが置かれている気がする。アトサキをよく考えて計算して生きることを強いられる(と私が思う)世の中にピッタリな考えだと。とりあえずゼロなら支障ない、と。今じゃ色々なもんが「0」をアピールして売られてるね。 そんなのとっくに知ってたよ、うすうす知ってるよ、、、 でもさ、今まで存在していたものがいきなり「新登場0!」って言い始めたら、不安じゃない…特に脂質。 さて、もうお分かりかと思いますが、今日は新発売UHA味覚糖のZEROSHについてのお話です。ひゃひゃ。 ZEROSHねぇ、脂質0!!!アピールが激しいのだが、そもそもグミって脂質あんの?と思い、え???だとしたらなんの脂肪じゃ~い???ゼラチンかい?ゼラチンは脂肪でできてるのかい?いいえ、ゼラチンは「タンパク質を主成分とする」ってwiki様が言ってるよ???と小パニックに陥ったけど、やっぱもともと0じゃんよ。それとかさ~ストレートティーで脂質糖分ゼロって当然じゃ~ん???お茶っぱにそんな成分入ってたら怖いよ。茶で生きていけるよ。どうしてわざわざそんなところアピるんだ?じゃなんで「お~いお茶。砂糖不使用」とか書かないわけ?謎なのよ~。まぁ紅茶と緑茶を同じに考えてはいけないのかもしれませんし、また話しがそれていますし、愚痴はこの辺でさて置きまして、、、 以下はシゲキックス商品紹介より http:// www.shi gekix.c om/prod ucts/sh igekix- zerosh. html おんなじコーラ味を比較してみましょう。 オリジナルスーパーコーラ 25g エネルギー 82kcal(100g328kcal) たんぱく質 2.6g 脂質 0g 炭水化物 19.7g ナトリウム 16mg ビタミンC 280mg ブドウ糖 2.0g 100円(100g400円) 青春シゲキックス 33g エネルギー 107kcal(100g324kcal) たんぱく質 1.5g 脂質 0g 炭水化物 28.3g ナトリウム 36mg ビタミンC 220mg 100円(100g303円) ゼロシゲキックス 68g エネルギー 130kcal(100g191kcal) たんぱく質 4.4g 脂質 0g 糖質 42.0g 食物繊維 11.6g ナトリウム 6mg 糖類 0g 178円(100g261円) ゼロッシュ 40g エネルギー 109kcal(100g272kcal) たんぱく質 1.9g 脂質 0g 糖質 28.6g 食物繊維 4.2g ナトリウム6mg 100円(100g250円) 見てよ。脂質ゼロじゃーん。どうして脂肪0%が大々的に宣伝されとるんですか?でも1番お買い得。は~それにしてもこの商品見るたびにこういう考えが脳みそぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるしてしまうんですが。私も大分やられています。
昨日5限の菊地成孔氏の講演会(というか講義か・・・)に行ってきました。 http:// www.tuf s.ac.jp /inside tufs/ev ent/doc /110124 01.pdf 帰宅ラッシュに合わせるかのような時間帯に甲州街道をタクシーでやってきたそうで、遅刻。 登場。YOUTUBEそのまま!!! というのは、「あれか?」「あの人か?」とか、そういうのなしで「あ!来た!」「出た!」「キクチナルヨシだ~!!!!」というのがあっさりと(プルメテウスホールだからなのかも知れんけど)静かに起きた、というかんじ。別に彼に影響されてこんな表現の仕方にいたったのではないですよ(と思いたい)。とりあえずオーラというかカリスマ性があることは凡感な私でもわかった。かも。 「外語大だけに」今回考えていくのは「音楽は言語か」という問い。1回目の昨日は20世紀に見られた音楽と言語との関係性を扱った研究をおさらいし、2回目(最終回だけど)に現代の最先端をゆく菊地氏が今どのような取り組みを行っているかということをお話くださるそうです。結局阿呆な私には、問いがあまりに漠然すぎて、何をどう我々に伝えたいんだろうということが明白にならないまま今に至っております。 なんか話してください、という無茶振りに近い依頼に多忙な中わざわざやってきてくれたというだけで有難いのに、面白いお話を時間過ぎても疲れを見せることなく話してくれた菊地氏の素晴らしさは脱帽×1000レベルだけど(あ、私べつに熱狂的なファンじゃないですよ)、音楽の専門家ですから、音楽の話をいっぱいしてくれてもよかったのではなかろうか。おそらく音大とかで音楽の話(音楽理論というやつ)を教えてるから外大では外大生の興味ある言語に関わる話をしよう、というこれまたサービス精神旺盛な発想だったのかもしれないけれど、そこがちょっとまずってしまっているかもしれないな~と思いながら私は聞いていました。 「音楽=言葉?」という問いは、つまるところ音楽にも言語と同等の体系を持つ構造があるのか、ということだったと私は解釈しますが、菊地氏のおっしゃるようにこれは「アポリア」なのでしょうか。まぁ、なんかまとめとして、そういう構造があるかどうかということの証明は脱構築するところに垣間見られるとのことだったかと。例えば、音楽と言葉がぶつかる場面として歌詞を考えてみたとき(最近では西野カナ氏のようにメール文や話し言葉をそのまま使っているような歌もあるけれど考えてほしいのは歌謡曲)、歌詞の言語としての文法はめちゃくちゃです、だそうです。てことは!(と菊地氏は考えた)、音楽にも言語と同等の構造があるから、同等の構造がぶつかり合うので言葉が崩れるんじゃないか、と。脱構築することで実は構造があったということが示される、なぁんて思考のフロンティア読みたてホカホカの・・・・・・これ以上言ったらひどいな、やめとこ。 確かに、お互いに規則とかルールとかいうものはあるかもしれない。でもだからってすぐ=(イコール)で結べないと思うよ。というか、菊地氏も結んでるわけではないけど。なんせ彼にとってアポリアだから。でもある側面から見るとこれ全くアポリアでもなんでもないのでは?というのは、音楽ってそれを使って情報交換行ってるんですか?楽譜が読めたり、Jazzに精髄してて相手が何をしているか、Jazzという形式の中でどんな試みをしてるのか理解できることと、文字が読めたり、他者の発話を聞いて理解することとがどうしても結びつかないのですけども。ある共通の音楽の形式を学んだ人同士が相手がやらんとせん事を分かり合うって、どちらかと言うと、強いて言えば、同じ文化や習慣を持つ人同士が他の人の所作からその人がやらんとせん事を推測できると言うのと似ている気がする。例えば電車やバスを待つ人の列。見て、あ~順番に並んでるんだと理解する「リテラシー」。割り込もうとしていることが分かる、譲ろうとしていることが分かる「リテラシー」。 逆にじゃぁ音楽で情報交換をしているとすれば、何かしら記号があって意味があるってことか。でもCの後Eがきたら明日は晴れだってことを伝えてる、とかそういう共通理解可能な内容は無いよう?ある音のつながりにある特定の意味があるとかいっちゃったらそれこそ記号学とかに回収されちゃうよーん。菊地氏ソシュール用語多用してたからそれはそれでいいかもしれないけどさ。 でも決定的にあ、ちゃちゃうわ・・・理論がちゃうかどうかは置いといても、ここ外大でしていい話とちゃうわ、と思ったのは「音楽は言葉だというアナロジー」が生じた所以として挙げられたCharlie Parkerの話。彼のJazzは北米の人たちが従来心地よく聞いていたJazzと違っていて聞きづらく、とてもでないが聞いて楽しめるものではなかったためChinese musicと罵られた→あんまりにも理解不能で、まるで外国語を聞いているかのよう→きっと音楽にも言語の文法と同じような構造があるに違いない→音楽=言葉?と言う思考経路だったというお話。外国語は耳障りなものじゃないよ~、罵られたり批判されうる対象ではないよ~。まぁこれまでのJazzとは違うものを生み出したCharlie Parkerは天才だったのでしょうし、それを受け入れられなかった人がたくさんいたと言うことは事実でしょうし、それが言語使用の通時的変化に似てるのかもしれませんけど。そういう散在する類似点をかき集めてみるなら「音楽はどの程度言語か?」なーんていう問い立てもありうるのかもしれない・・・多分・・・おそらく・・・うむむむ。 とまぁメモもとらずにぼーっと聞いてたお馬鹿チャンチャンな私でもこんなだから、外大で言語について話すのは少々難有りだったのでは(つまり無難じゃなかったね)?それよりYOUTUBEで自分の音楽観について話してるほうがめっちゃ楽しいぜぃ。来週はなんか菊地氏ご本人の活動について話してくれそうな感じでおっしゃってた気がするので(なんせ早口で聞き取りにくいし、不慣れな言葉やいちいち定義してくれないと理解できない言葉多用されてたので講義のはじめのほう色々たくさん今回の講義に至るまでの流れとか講義自体の構成とか話してくれてたようなのは分かったけど、結局何が言いたかったのかはよくわからんかったのよ。お前はCharlie Parkerか!と多磨のはずれで叫びたい。)楽しみです。 ギリシアの音楽は明治神宮でも聴けそう、とか、バッハはグルーヴィでポリリズムを感じる、とか、黒人=アキバ、とか(なんかA=B発想が強いみたいね・・・私は嫌いだけど)面白いお話だったので 来週も行くよー。